カネコアヤノ『祝祭』

 こんにちは、3年のりょうけいです。かなり遅れましたが、今年4月末にリリースされたカネコアヤノさんの最新作『祝祭』についてです。ここ1ヶ月ずーっと聴いていたので、思ったこと・感じたことを勝手に書きます。。

kaneko

 

 まずこの作品を聴いていて印象的なのが、カネコアヤノのポジティヴな力強さです。それは彼女の精力的なライブ活動にも、すごいペースで作品を発表する活発な作曲活動にもよく表れていると思う。忙しく過ぎる日々のなかで、いろいろなことを「大丈夫」「なんとかなるさ」と優しく受けとめつつ、とりあえず前に進んでみようよ、と語りかけてくるよう。。彼女にとっては、どこにいても、常にそこがスタート地点なのかもしれない。

 

 歌詞に登場する日々の漠然とした不安とか、悲しみ、怒りといった感情には、かならず「でも」という姿勢が続いている。もちろん悲しいとか、そういった感情も大切だけど。でも、悲しみをそのままにしておかない、という世界観です。それは絶対に救われるはず、そうでなくちゃ、という強いポジティヴな感情が、伝わってきます。マイペースでふわふわしているようなイメージがありますが、その言葉にはすごく力がある。

 

 加えて、そういったポジティヴさがありつつも、その理由・根拠はどこにも明示されません。聴くひとがそれぞれに、悲しみとか、不安と向き合いながら、カネコの詩的な世界に巻き込まれ、「それでも、大丈夫と言える理由」を考える。そうこうしているうちに、みんな何か拠り所のようなものを見つけて、いつか前を向けるようになる。あくまでカネコアヤノというアーティストは、僕たちの「拠り所」それ自体になろうとしているのではなくて、僕たちの横で飄々と歌っていて、背中を押してくれているだけのような気もする。

 

どうかそのまま

サンセットビーチの眩しさよ

夏が終わる頃には全部がよくなる(「サマーバケーション」)

 

 

 「恋しい日々」には日々の心地よい疾走感を感じます。ライブでは定番の名曲。夏の暑い日に「冷たいレモンと炭酸のやつ買った」って、軽やかに歌う。淡々と過ぎてゆく日々のなかで、「わたしたち」は一瞬で消える花火のような存在だ、というすごく俯瞰した視線。もう一方で、雨が降るから洗濯物をいれなくちゃ、とか、読んでない漫画、読まなくちゃとか、もっと身近に迫ってくる毎日をバタバタとしながらも楽しんでいる、ひとりの人間の視線。このふたつの視線の交錯が、なんだか切なくも愛おしい一曲。

 

 「序章」は以前シングルとしてカセットでもリリースされています。イントロのギター、深くて厚い音がたまらんです。あとはテンポの崩しが最高です。特に弾き語りで顕著なのですが、カネコアヤノのライブの醍醐味といえば、自在に動き回るテンポ。軽快なリズムに乗っていたはずの歌詞が、ところどころで伸び縮みをして、その場限りの遠近感を持って現れる。そういう予想の出来ない揺らぎみたいなものが、すごく気持ちいいんです。なんだかそういうライブ感を想起させる曲です。

 

 アルバム終盤の「グレープフルーツ」。前作『群れたち』では弾き語りバージョンが聴けます。今回はバンドアレンジ。砂糖の甘さとグレープフルーツの苦さ、共感と孤独感、好きだという気持ちと、ひとりになりたいという気持ち、日々の出会いと別れ。混じり合わない二つのことがら、感情が、陽が差す「昼過ぎの各駅停車」の中では、優しく共存しています。

これは初期のMV

 

 「アーケード」は、待ってました!なロックナンバー。メロディーが超秀逸で、みんなで歌いたくなるような曲。ライブだと、カネコが感情の昂ぶりに合わせて、そんなメロディーも関係なしに歌い上げる姿が本当にかっこいい。浮かび上がってくる情景は、平日の昼間から遊んでいる若いふたり組。自由を謳歌する若者の解放感、といったら言い過ぎかもしれない。付き合ってるかそうでないんだかわからない、曖昧な関係、何でもない日だけど、プレゼントの交換でもしようよ、という、おおらかな歌詞。僕はバイト行きたくね〜ってときに聴きます。

 

 アルバムの最後を飾るのが「祝日」。ラブソング、なんて陳腐な言葉では表しきれない。みんなには内緒の関係になった「あなたとわたし」についての歌ではあるけれど、決して甘い恋愛について歌っているわけではない。若気の至りなんだか、よくわかんないけど好きだ、という気持ちについての歌と思っています。相手に飽きることがあるかもしれない、でもそんなの今はどうでもいいことじゃないか、という。自分の感じたままを肯定して、いい意味で考えすぎない、案外ふわりとした見方を感じます。

 

 最後に、カネコアヤノ作品のテーマについて。「日常」といってもいいかもしれないのだけど、それだとちょっと違う気がする。常にやってくるとは限らない、当たり前ではない毎日です。ああ、今日も無事に朝がやってきた、よかった。と安心して出てくるため息。そういうのを感じます。

 

 カネコアヤノの目に映る日々のあれこれは、すべてがきらめいている。僕たちが忘れてしまいがちなきらめきです。それは起きてみたら太陽が燦々と輝いていることであったり、「幸せだよ」と大切な人に伝えられることであったり、昨日またねと別れた誰かに、今日も会えたことであったりする。当たり前に思われることも、実はそうじゃなくて、奇跡なんだよ、素晴らしいことなんだよ、と伝えている。僕たちはそんなあれこれに囲まれて日々生きている。そうやってきらめく毎日こそが「祝祭」なんだと思います。

 

クローゼットの中で 一番気に入っているワンピース着ていくね

帰るころには 朝焼けでも見ようよ

大切なのは君との明日

明日会えるね それだけで嬉しいよ

大切なのは明るい明日だ (「エメラルド」)