A Funky Monkey Had Had A Baby

 はい、今回は僕の番です。そうです、”絶対締め切り守れない”しょざわです。このHPがリニューアルして以来、少なからぬ数の記事の執筆を仰せつかりましたが、その都度尻を叩かれてばかりでなんとかここまでやってきました。そしてあと半年も経たずに今度は引退。あとどれだけの爪痕をここに残していけるのでしょうね…

 さて今回は非常に困っております。単純です。ネタを練っていなかったからです。僕は先に書きたいことが思いついている状態でなければマトモな文章などは書けない性分なので、「え、今週おれの担当か!」ってな感じに思い出したとしてもなーんにも降っても湧いてもこないんですな。ガハハ!!ということで仕方がないので今回は(というかいつも通り)音楽の話からちょっと逸れちゃおうかな、と。

 で、先日例の映画をやっと観ることができたんですよ。コレです。


 F. Gary Gray監督、『Straight Outta Compton』!!
 どんだけ今更感って感じで申し訳ないんですがついぞ機会が無くてですね…ついに観にいきましたよ。はい。良かったです。はい。
 とはいえ時期としてももう映画自体の論評っていうのもナシかなと思ったので、今回はこの映画から学ぶartistのattitude的なオハナシです。例えばの話。イチロー選手のものまねをするニッチローというタレントさんがいますね。なぜものまねをするのか。それはイチローのオリジナルがかっこいいからだと思います。元がオモロイからという理由でもモノマネ芸は成り立ちますがイチローの場合はちょっと当てはまらないでしょう。

 他とは違う。でもその人がそれをやっていると自然とかっこよく見える。よくあることですね。あるいは、教科書のような、という形容詞で以ってその美しいプレースタイルなどが賞賛される場合もあります。一見真逆に見える褒められ方。そうでしょうか。

 映画の話に戻りましょう。N.W.A.はギャングスタラップの源流の一つであり、政治的な話は抜きにしてもファッションと結びついた音楽の新しい選択肢を生み出したことは歴史的事実でしょう。当初は暴力的といわれ評価も定まらなかった。ところが、というか当たり前でもありますが、現代に至って実際に映画に出演しているN.W.A.の息子世代の俳優たちはラップも含めた”演技指導”を受けて撮影に臨んでいくわけです。彼らの鬼気迫る圧巻のライブシーン。シビれる。でもこれは決して”初めて見るから”かっこいいわけではないと思うのです。少し前にSANABAGUNのライブを観る機会がありました。気鋭のグループですからさまざまな評価軸で記事が書かれているはずです。それはさておき両者を観た僕がここで言えるのは、「あー!これ同じやつや!!」ってことです。かっこよさの形式美。

 斬新なスタイルだろうとなんだろうと、その分野でやっていこうって決めた人には基礎としての形式美が備わっていないとダメです。そこに肉付けされるのがものまねのネタになるべき個性です。つまらないと感じてしまったもの。たぶんそれは基礎を固められなかったものです。だから僕も含めてオジサン達はいつまでもビートルズが好き。

 なんだか自己啓発本なんか手にとったこともない自分がそれっぽいことを書いているのは心底滑稽です。やめたい。ヤメマス。ヒメマス。ニジマス。

しょざわ


ありがとうございました。ごきげんよう。
しょざわ